螺子

カラン。
何かを蹴飛ばしたのに気付いて、それを拾い上げてみると螺子だった。
「父さん、螺子」
「ああ、それ、あれだ。一番、大事なやつ。それがなきゃ駄目だ。根幹を成すやつ」
日曜大工が趣味の父が、僕の方を一瞥しただけでそう言った。
「なんだよ父さん、螺子全部に一番大事って言ってるじゃないか」
ろくに見ないことへの非難も含めて呆れたように言うと、父は、
「何言ってんだ、螺子は全部大事だろう」
と答えた。
どうにも屁理屈のように聞こえて、憮然としながら螺子の抜けた穴を探していると、父が、
「そうだ、母さんからみんなで会わないかって連絡があったぞ」
と事もなげに言った。
「母さん?」
無意識に声が強張った。突然勝手に家を出た、あいつのことか?
「そんな奴、いねぇよ」
精一杯の拒否の意志を伝えようと、そう吐き捨てた。
「何カッカしてんだよ、糖分足りないのか。ビスケット食うか?」
「カルシウムじゃないのかよ…。牛乳だろう」
「わっはっは、そんなもんどっちだっていいさ、両方食え」
「はは…」
存在を否定すればさすがに怒られるかもしれないと思ったが、父はそんな素振りは全く見せない。矛先が鈍って、引っ込めざるを得なくなる。手持ち無沙汰になって、螺子の穴をまた探し始める。

母さんなんか。
知らない。

口には出せなくても、頭の中は螺旋を描いて暗く深く沈んでいきそうになる。

――今更、会おうだなんて。

今度は暗い気持ちがこんこんと湧き出てくる。捩切れた感情は元には戻らないのだろうか。
父はビスケットをバリバリと食べ、牛乳をゴクゴクと飲んでいる。

「あ、これだ」
電気スタンドのカバーが、よく見ると少し浮いている。工具セットを取りに行き、ドライバーを取り出す。

「いないと言うなら」
「え」
「お前が、母さんなんかいないと言うならば」
父は唐突にそう言って、母、も含めて三人写った家族写真を指で挟んでひらひら、とさせた。
「それ、どうするんだよ」
「要らないんだろう?」
僕の問いに父はそう答え、同時に、そろそろ掃除しようと考えていた、濁った水の貯えられた金魚の水槽の上で、手を離した。
ひらり。
「あっ」
思わずそう叫んで、思わず届くはずもないのに腕を伸ばした。
ひらり、ひらり、写真は落ちていく。
ひらり。
「…ああ」
結局写真は水槽を外れ、床に着地した。
伸ばしていた腕を下ろすと、父が言った。
「何焦ってんだよ。要らないんだろう?」
僕は答えられなかった。
「母さんに、会えるわけないって伝えとくか?断っておくか?」
父の方を見られなくて、スタンドの方に視線を向ける。しばらくじっと黙っていた後、右手にドライバーを握ったまま螺子を締めるでもなく、左手で浮きを押さえ付けながら、会う、と小さく呟いた。
父はそれに直接は答えず、
「螺子、ちゃんと締めておけよ」
と言った。
僕は小さく、けれども何度も頷いた。螺子を握り締めると、暗い気持ちが弾け飛んでいった。

「螺子は全てが大事、か」
螺子を締めながら僕が言うと、父はビスケットを片手に満足そうに笑いながら、
「そうだ。どれ一つ欠けてもいけないんだからな」
と言った。

捩切れたと思ったものはまだ切れきってはなかったらしい。捩れをうまくほどいて、元に戻すのもいいかもしれない。
会う時には母の好きなビスケットでも手土産にしようか、などと考えながら、父のビスケットに手を伸ばした。

<終>




*あとがき。
螺子=ねじ=ビス→ビスケット、なんていう連鎖から思いつきました。ビスケットにも理由があるという。
ねじ→捩じ切れる、も掛けています。・・・掛けるって言うのかな、このくらいでw