雪道

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雪の降る道を一人の男が歩いていた。男は寒さに震えつつも、少しでも暖かいようにとコートの前をしっかりと押さえながら歩いていた。

しばらくすると、男の向かいから一人の男が歩いてきた。 その男は暖かそうな格好をしていないにもかかわらず、帽子を飛ばされないように押さえる以外は特に寒そうな素振りは見せずに歩いていた。
二人が近づいたとき、帽子の男がコートの男に話しかけた。
「やあ兄ちゃん。寒いのかい?」
コートの男は答えた。
「これだけ雪が降っていて寒くないはずがないでしょう。あなたこそそんな薄着で大丈夫なんですか」
帽子の男は答えた。
「何を言うんだ兄ちゃん、雪は平等に降る。こんな俺にも平等に降る。差別なんかしないんだ。これは愛以外の何物でもないぜ。だから寒いわけがないのさ。それどころか、もの凄く暖かい」
コートの男は尋ねた。
「じゃあなんで帽子をかぶっているんですか。雪はあなたの頭に直にかかることはありませんよ」
その言葉を聞くと、帽子の男はすこし悲しそうに笑って、その場から忽然と消えた。
コートの男は驚き、しばらく不気味な感覚にその身を震わせていた。しかしその後特に何も起きないことを確認すると、また雪の降る道を歩き始めた。

しばらく歩いていると、道ばたで小さな女の子二人組が遊んでいた。少女達は男に気付くと駆け寄って行って、尋ねた。
「ねえお兄さん、なんでそんなに寒そうなの?」
少女たちは決して厚着ではなかったが、手袋を手にはめていた。
男は答えた。
「これだけ雪が積もって、降っているんだもの。寒いよ。子供は元気だね」
それに対して少女たちは答えた。
「ううん、違うわ」
「私達、毎日人とふれ合って、優しさをもらっているから暖かいの」
「握られた手の温かさは色褪せない」
それなら、と男はかじかんだ口を開いた。
「じゃあなんで手袋をしてるの」
少女達は顔を見合わせ、寂しそうに笑ってその場から忽然と消えた。
男はまたしても起きた現象に呆然としながらも、再び歩き始めた。

しばらく歩き続ける内に、男は自分がいつの間にかコート以外に帽子も手袋もしていることに気付いた。消えた人々が着ていた物だった。
「俺には自然の平等な愛さえないし、ましてや人の温もりなんて与えられることはないんだ。だからこの防寒着が必要なんだ。そうに違いない」
男はぼそりとそう呟いた。
その呟きに呼応するように、雪がより強く降り始める。
男は身震いをしながら
「ほらみろ、天気でさえ俺の敵だ」
と悪態をついた。雪はさらに強く降り、ほとんど吹雪といってよいほどになっていた。

男は視界の利かない中、前方に人影を認めた。
「おいあんた、寒くないのか」
今度は男から声をかけた。
するとそっくり同じ声が吹雪の向こうから返ってきた。
「おいあんた、寒くないのか」
男は面食らった。言葉だけでなく、口調や声まで自分と同じだったからだった。
男が戸惑ったまま黙っていると、少し吹雪が弱まり相手の姿が現れた。向こう側の男は見るからに粗末で薄そうな上下の服1枚といった様子であった。
男は相手の顔がいまいち見えないながらも、あまりの薄着に驚き再び同じ質問を繰り返した。
「おいあんた、寒くないのか。そんな薄着で」
向こう側の男はそれに対してこう言った。
「おいあんた、なんでそんなに寒そうなんだ。厚着なのに」
男はなじられた気になって思わず
「これだけ吹雪いていたら着ていても寒いもんは寒いだろう」
と怒鳴ったが、向こう側からの返事はない。
男は拍子抜けしつつ
「なぜだろう」
と呟いた。
男が黙っていると、向こう側の男が言った。
「俺はこんなにも薄着だけれど、心の中が温かいから暖かいよ。自分を認めているから、暖かいよ」
男は怒鳴った。
「俺は自分が嫌いだし、自分を認めたからって何の関係があるんだ! 偉そうな口をたたくな!」
向こう側の男は静かに、だけどよく通る声で返す。
「なんで、何もかも、自分さえも受け入れられないの?  自然界に愛は溢れているし、人の温もりもあるのに。こんなにも愛があるのに、どうして君はそんなに寒そうなの?」
「愛がある?」
男はコートを握る手に力を入れ、ありえない、とでも言いたげに聞き返した。向こう側の男は諭すように続ける。
「そんなに締め切っていたら入ってくるものも入らないし、出ていくものも出ていかないよ」
その言葉を聞いて男は思わずコートを握る力を緩めた。
気持ちが軽くなったような気がして、続けて留め具をはずした。
隙間から雪が入ったが、男は寒さが和らぐのを感じた。

「ああ、なんだ簡単なことだったんだ」
男はほっとしたように呟いた。
「わかってなかったのは俺だったんだな」
男は向かい側の男に向かって呟く。
雪がやんだ。向かい側の男は頷いて姿を消した。
男は手袋を外す。
男は帽子を取る。
男はコートを脱ぐ。
「全部全部、元から俺の物だったんだ」
男は雪に寝転がり、空を仰いだ。

******

男はたった今まで雪原にいたはずなのに、自分の部屋で目を覚ましたことを認識した。
男はもう寒くなどなかった。布団から出て部屋のカーテンを開ける。いい天気であった。太陽光は男と、暴れた痕跡の残る部屋をさんさんと照らしている。
男はここ最近の荒れ具合と自分の卑屈な心を恥じ、愛されていることを認識して、少し晴れやかな表情で部屋を出た。

<終>

*あとがき。
夢オチです。
ポメラ記念です。勢いで書いたからかなんだか味気ない気がする。
そして「防寒着:男のトラウマというか甘えの表層化、指摘することで深層から表層化して具現化する」
…という設定です。



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