隠れん坊

1.夕暮れ

青い空がだんだん、赤い光に覆われていく。
白い雲がだんだん、薄紫色を帯びていく。
黒い影がだんだん、長く延びていく。
熱い風がだんだん、涼しさを帯びていく。
僕の足がだんだん、棒になっていく。
足取りがだんだん、軽くなっていく。

夏も終わりに近づいた土曜日、夕暮れのグラウンドに僕は立っていた。夏休みだからなのだろうか、人は見当たらない。片隅にある鉄棒ののびた影に沿って歩きながら、羊雲がゆっくり流れていくのを追う。見渡す限りに赤橙色の光が広がっていて、異世界のような雰囲気だった。僕はそれに酔いしれる。

「会いたいなあ」
羊雲を見上げて呟く。
僕は彼女を捜しに来ていた。嫉妬心と猜疑心で彼女を怒らせてしまい、彼女は隠れてしまった。
このグラウンドは二人の母校の高校のグラウンドだった。いるとも思わなかったが、可能性がないわけではないし、なにより夕方のこの雰囲気が好きなので、ゆっくり味わえるここに――ある程度広い屋外空間に――寄ってみたのだった。そこら中の木で蝉がしぶとく鳴いている。少し涼しくなってきた風が吹いて、蝉が一瞬黙る。そしてまた、鳴き声――。
一本の木の傍に近付き、ここで付き合うことになったんだよな、と回想する。不思議と、場所は確かにここだと覚えているのだが、いつだったかということや、どんな情景だったかということは覚えていない。ぼんやりした記憶のぼんやりしたイメージの中で、場所とどちらともなく付き合うことになったことだけははっきりとしている。

「やっぱりいないか……」
クラブ帰りなのだろうか、大きな荷物を肩にかけた学生がそう呟いた僕をチラっと見て帰っていく。僕らは二人して帰宅部だったな、と苦笑する。何時の間にか空は群青色になっていて、その空を見上げると星がでてきていた。僕は群青の空の下で帰路につく。きらり、と流れる流れ星に願いをかけた。
せめて夢で彼女に会えますように、と。




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