隠れん坊

2.夢

――これは、夢の中だ。
彼女がいる。普段とはおよそ掛け離れた、甘えてくる彼女がいる。ソファーで、僕の隣に座っている。「童話のその後」なんて話を作るときには参考にでもなりそうな、平和で幸せな雰囲気の豪華なお城に僕らは住んでいるようだ。優雅で、のびのびとしている。僕と彼女は朗らかに笑っている。
僕は彼女の頭を撫でて言う。
「僕はずっと君に会いたかったんだよ」
「私だってあなたに会いたかったわ」
やはり甘えた声で、彼女は言う。
(現実でもこうなり得るのだろうか)
僕は苦笑する。
「どうしたの?」
「いや……」
そう答えて、視線を宙にやる。けれどすぐにハッと思いついた事柄があって、彼女の顔を見つめる。
「どうしたのよぅ」
「――ごめん、なんでもない」
唯、この甘い雰囲気なら、夢でなら言えると思ったんだ。
『可愛い』
『愛しい』
『愛してる』
『大好き』
でも、夢で言っても仕方ない、と僕の思考が口をつぐませた。
(一人で盛り上がって、一人で盛り下がっている)
小さく笑いながらそうして溜息をつく僕を知ってか知らずか、彼女は、ねぇ、と身体を乗り出して僕に話し掛ける。
「青い鳥って素敵な話ね」
「ああ、幸せは身近にありました、って」
「私は、あなたが近くにいるだけで幸せ。まさに身近な幸せね」
「そんな幸せは中身がからっぽさ」
自分でもよくわからないことを吐き捨てるように言ってしまい、一瞬の間をおいて首を振る。弁明しようと口を開いたが、時既に遅し――
パアン。
彼女は僕に平手を喰らわせ、涙を浮かべて去っていった。
僕は、馬鹿だ。何故夢でわざわざ現実のことを考えたり、余計なことを言うのだろう。さっきだって、言ってしまえばよかったんだ。夢だと気付かなければよかったのに。こんな甘ったれた世界は夢だけだ。夢なら夢で楽しめたらよかったのに。
夢なんだから。




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